2007.09.25
清掃とは誇り高きこと
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アルピニスト
野口 健 氏 |
世界最年少で、七大陸の最高峰に登頂。今や、その名を知らぬ人はいないほど有名となったアルピニストの野口健さん。最近では、世界各地の山のゴミを拾いながら登山する「清掃登山」活動を行っており、TVCMでもその姿が取り上げられ、脚光を浴びている。清掃登山に飛び回る一方で、TV、新聞、雑誌などでも引っ張りだこの野口さんであるが、我々のインタビューに非常に気さくに応じていただき、ビルメンという仕事に対して勇気を与えるメッセージを残してくれた。
植村直巳さんが人生を変えてくれた
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世界最年少で、七大陸の最高峰に登頂。今や、その名を知らぬ人はいないほど有名となったアルピニストの野口健さんだが、その生い立ちは決して順風満帆といえるものではなく、いわゆる「落ちこぼれ」であった。 |
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元々冒険に興味があったこともあり、この本にのめり込んでいくようになるが、何より惹かれていったのが、植村さんという大冒険家が、実は自分と同じく落ちこぼれだったということ。しかも、エベレスト登頂の話がいとも簡単に登ったかのように書かれている。「これならば自分もできるかも」。どこかに落ちこぼれというコンプレックスを抱える野口さんにとって、登山こそが自分を変えるものと思い始めてきた。 |
山の現実
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登山は野口さんを徐々に変えていった。16歳でモンブラン登頂、続いてキリマンジャロ登頂。周囲の野口さんを見る目ももはや落ちこぼれではなくなった。イギリスの高校卒業後は、亜細亜大学の一芸入試に見事合格。決め手となったのは、世界最年少でのエベレスト登山宣言だ。しかし、これは並大抵のことではなかった。事実、野口さんはエベレストの頂上を目前にしながら2度続けて登頂に失敗し、さまざまな努力の末、3度目にして初めて登頂成功を手にしている。 登山といえば、報道されるのは頂上に立つということが中心になる。とにかく登る苦労ばかりが取り上げられるが、実は登るよりは下りる方が危険で大変なことなのだそうだ。頂上にたどりついた後、下りる体力も気力も失ってしまい、下山途中に事故に遭うということは少なくない。 |
事実、野口さんの16歳から33歳までの17年間の登山人生で、すでに19人もの仲間が亡くなっている。下山途中に一緒に登頂した仲間がパニック状態に陥り、目の前で飛び降りてしまったことさえあるという。しかし、仲間が飛び降りても、悲しんでいる余裕はない。登山というのは、それほどまでの極限状態に身をさらしている。足を踏み外せば2000メートルを真っ逆さまという状況もある。このような状況では恐怖で足もすくむ。しかし、怖いと思い前に進めなくなればそこで終わりであり、待っているのは死だけである。このような状態の中を生き抜くには大変な冷静さと勇気が必要になるのだ。
実は野口さんは、自らの著書の中でも記しているように「制覇」という言葉を嫌っている。人間が大きな山の頂点に立ったくらいで、その山を制覇したというのは恐れ多いことであるというのだ。報道では「エベレスト制覇」などと伝えることが多いが、冷静さと勇気を失わなかった人間を山が受け入れてくれたというのが真の姿かもしれない。
悔しさから始まった清掃登山
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世界七大陸の最高峰登頂に成功した野口さんであるが、成功した直後は、実は会社に入社して一般の社会人として暮らしていこうと考えていたそうだ。16歳から常に死と隣り合わせの世界に暮らしたこともあって、普通の暮らしへの憧れもあったのだという。しかし、世間はそれを許さなかった。登頂成功のインタビューで大勢の記者に「次は何を?」と期待して詰め寄られ、思わず出た言葉が「清掃登山」だった。しかし、その場の単なる思い付きではない。エベレストにアタックした際、ベースキャンプでは世界各国の登山隊と一緒になるが、そこでゴミの扱いのことで「日本の経済は一流だけど、マナーは三流だ」と批判されたことが痛烈に頭にこびりついてのことだった。特に、ベースキャンプのように世界各国の人が集まると、さながらオリンピックのような雰囲気で、自分が日本代表という感覚になり、「マナーは三流」という言葉は、日本全体をコケにされたような気分でたまらなかったそうだ。
エベレストをはじめとする世界の名峰には、毎年多くの登山隊が訪れる。高い山の場合は、身体を高度順化させながら徐々に登っていくので、数ヶ月間は山に滞在することになり、しかも登山隊以外に、荷物を運んでくれるシェルパもいるため、必然的に多くのゴミが出る。これを持って下りるのは大変だし、運搬にはお金もかかるということで放置されてきた結果、山はゴミだらけとなってしまっているのである。しかも、このゴミを一番大量に出しているのが、日本をはじめとするアジア諸国の登山隊だったのだ。 この現実がある以上、「マナーは三流」と言われても、言い返す言葉がない。山のゴミなど普通の人は言わなければ知りようがないし、自分の内に秘めていれば問題にもならないが、悪いものは悪いし。なにより欧州の登山隊はきちんとゴミを持ち帰る意識があるだから、日本の登山隊もできるはずだ。 |
日本は環境で世界のお手本になれる
世界中をまわってきた野口さん曰く、日本では古来より環境と調和した循環型のモデルが形成されているという。たとえば、神社仏閣だ。明治神宮の森は、植林された木であるが、木と木の間隔を工夫することにより、通常の森の3.3倍ものCO2を吸収してくれるし、伊勢神宮の社(やしろ)は、20年に1度立て替えが行われるが、それは宮大工の技能を維持することでもあり、なおかつ取り壊した社の材料は、日本各地の神社へと使われ、決して捨てられることはない。つまりは、人間が生きていくことと、環境配慮のバランスが絶妙に保たれているのであり、このことは世界のお手本ともなるべき日本文化でもある。
ここで重要なのは、バランスであると野口さんは言う。環境のことだけを考えていては、人間は生きていけなくなる。人間も環境の一部として、必要以上に破壊しないことこそが重要ということだ。加えて、このバランスが重要という考え方は全体的なものの考え方にも及ぶ。環境もそうだが、良い状態を維持するには一方向だけを考えるのではなく循環を考える必要がある。登山も同じことで、登頂だけを考えるのではなく、ちゃんと下りてくることまでを考えなければならない。ただ、この下りることについては、大変さが伝わっていないためか、なかなか理解が得られず、スポンサー企業からの支援を得ることは厳しいそうだ。しかたなく、十分とはいえな条件で登山をすることもあるが、こうしたことが続けば、ゴミを持ち帰れないということにもなり、また準備不足がたたって、命を落とすことにもなりかねない。良い循環を続けるには、その循環を維持するための費用をしっかりと確保して取り組まなければならないということである。
このことは、建物に対しても同じことがいえる。建てることだけではなく、維持することを最初からきちんと考え、その費用を確保してなければ、建物はどんどん荒れていくのである。その結果、建てては壊すという繰り返しを生み、結果的に環境に悪影響を与えてしまう。維持するための費用がかかったとしても、長く良い状態で使うことはトータル的に見れば良いことなのである。
清掃は誇り高きこと
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建物を長く良い状態で使うにはビルメンの存在が不可欠であるが、野口さん曰く、特に日本では清掃に対するこだわりが見られるという。その一つが、「○○が清掃担当しています」といった清掃担当者の名前表示だそうだ。これは、その人が自信を持ってきれいにしているということの表れでもある。 |
野口さんが最近、登山をしていると、すれ違う人に「お礼」を言われることが増えてきたという。これは同じ登山をする人間として、山をきれいにする活動を行ってきた野口さんへの感謝の気持ちであり、些細なこととはいえ野口さんにとっては大変うれしいことで、やる気も出てくるという。清掃とは、環境を維持するために大切な役割であり、誇り高きことなのだ。
野口さんは、シェルパの人達をとても大切にしている。登山は自分一人では到底できるものではなく、縁の下の力持ちとして支えてくれるシェルパの人達の力なくしては成しえることはできず、野口さんにとって大切なパートナーでもあるのだ。ビルメンに従事する方々はある意味ビルで生活する人にとってのシェルパである。こうした方々に、たまには感謝の一言をかけて欲しいと野口さんは言う。この感謝の一言が、一生懸命に環境維持に努めてくれている方々へ報いることでもあり、またその役割を認知することが個々の環境意識を高めることにもつながるのだ。
※ サイン色紙、当選者の発表 ※
野口健氏のサイン色紙、当選者は以下の10名の方です。おめでとうございます。
みえちゃん さん
小堤裕之 さん
ゆんちゃん さん
内川典子 さん
荒 武士 さん
こうた さん
瀬口博之 さん
みっきー さん
津田啓 さん
田辺 さん
当選者の皆様には改めて、ご連絡させていただきます。
たくさんのご応募をいただきありがとうございました。
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